それはとても晴れた日で。。。

未来なんていらないと想ってた、うつと戦う18歳のブログ。

泡色の空に。

 

 

 

泡色の街

泡色の街

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今日の曲はヒトリエの「泡色の街」。

それでは日記に。

 

 

 

「もう死んでも悔いはないな。」

と考える時間がより増えた気がする。

単願で後がないんだから勉強しろよって話なんだけど、

もう今日は何をやってもダメだ。

いや、自分が勝手にダメだと感じてしまえば、本当にダメになっていることぐらいは知っている。

ただ、この考えが頭をよぎってしまうともうダメだ。

もし朝によぎってしまえば、その日一日を棒にふる。

それくらいの破壊力なのである。

以前親しい人と電話をした時に、

「私はもう十分生きたからいつ死んでも悔いはないな〜」というのを聞いて、

すごく悲しくなったことがある。

僕は確か60だか70まで生きてくれと頼んだ気がするのだが、

その後の会話はイマイチ覚えていない。

でも、最近ふと考えると、

別に僕も今死んでも悔いはないなと思う。

特に何かを残したわけでもなく、

誰かにとって特別な存在になれたわけでもなく、

何物にもなれていない人間なのだが、

まあ、いいかな。

そんな気分になる。

正直やりたいことはいくつかある。

あるにはあるのだけれども、わざわざ生きてまでやろうとは思わない。

もし今文章を書いている途中に死んでしまったとしても、僕は未練を残すこともないだろう。

死にたいわけではない。

が、生きていたいわけでもない。

シュっと泡のように消えてしまいたい。

疲れたというよりは飽きた。

十分苦しんだよもういいよねってなる。

僕は人が大好きだけど、

そんな人の汚いところも怖いところもたくさん見てきたし、現在進行形で今も見てる。

好きなことも嫌いなこともずっとやってればいつかは飽きる。

だから人生に飽きても何ら不思議ではない。

ゲームみたいにパパッとデータを消せたらなあ。。。

 

 

 

 

成長痛。


【MAD】 聲の形 『恋と病熱』

 

 

今日の曲は米津玄師の「恋と病熱。」

それでは日記に。

 

 

 

 

 

最近時が経つのがやけに早いと感じる。

朝起きて勉強をし、飯を食い勉強をすれば日が陰っていて、

気がつけば6月も終わろうとしている。

やれることは全てやってきたはずなのだが、

「果たして今僕のやっていること、いや、僕の命存在そのものに意味はあるのだろうか。」

と考えるようになった。

中学の頃陸上をやっていたのだが、

同級生にとてつもなく嫌いな奴がいた。

入部当初はそいつの方が少しタイムが速かったのだが、

中1の夏くらいにそいつを抜いた。

それからそいつは成長痛が起こったらしく、タイムも思うように伸びなかった。

一方の僕は故障も何もなかったのでタイムは順調に上がっていったのだが、中2の夏くらいだっただろうか。

そいつの身体の調子が良くなり、メキメキとタイムを伸ばしあっという間に抜かれてしまった。

僕はその時期からタイムが全く伸びずに、低迷し続け結局巻き返すことができないまま引退した。

成長の過程には、何らかの痛みを伴うものであり、それは必然なのだと僕は勝手に思っている。

これもまた、成長痛なのだろうか。

だとしたら、この成長痛がとれた時、僕は一体どこへ行ってしまうのだろうか。

想像を超えるような、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がしてならない。

どこか遠くへ行ってしまった時、

僕は「ああ、この道でよかったんだ。」と思えるのだろうか。

ただ、僕が苦しんだ時間、

誰にも理解されなかった孤独、

届かなかった叫びは必ず意味のあるものだと思いたい。

たとえ誰にも届かなかったとしても、

その時間を僕は覚えてる。

その瞬間僕は間違いなく生きていたのだから。

そこに存在している限り、僕の命も、あなたの存在も意味があるんだと、

信じたい。

大丈夫大丈夫。

こんな世界大嫌いだけど僕は生きてるし、

あなたのことを許してくれる人は必ずいるよー。

 

 

 

アン=サリヴァンの休日。

 

アン=サリヴァンの休日

アン=サリヴァンの休日

  • 古川本舗
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何もない日々へ 想いを寄せ合って  このままじゃあ いられない“みたい”だ。 

それで何かを変えたいと言えるなら。」

 

 

今日の曲は古川本舗の「アン=サリヴァンの休日」。

それでは日記に。

 

 

お久しぶりです。。。

やめよう、今日はカッコつけた文章書くのはやめよう。

疲れた疲れたぬおおおおおお。

いや、もうね。

疲れた。

何もしたくない。

マジで。

前はうつだ〜死にたい。。。

って感じだったんですけど、今はなんか燃料切れって感じですね。

ブログを放ったらかしにしていた間色々なことがありました。

例えば、5月〜6月の間に東京3回行きました。

日帰り新幹線で。

そのうちの1回はオープンキャンパスなのです。

いい大学だったなあ。

なんかイキったチャラい奴らいなかったし。

むしろこの雰囲気は同類じゃないかって感じの人たちばかりで、この大学目指すぞって感じなのですが。。。

疲れたね。

いや、自分がここまでできない人間だとは思ってなかった。

確かに、本腰入れて勉強始めたのは3月で、

それまではペンなんてロクに持ってなくて、

うつで引きこもりの間は1年半くらいは全く勉強はしなかったし。

過去問もようやく手に入れて、やるぞ!って思ったら、

「全然わからんちん。。。」

当たり前だけどさあ。

凹むね。

この程度の問題わからんの。。。ってなるんですよ。

問題の難易度は読めばなんとなくわかります。

基礎中の基礎を聞いてるんだなって感じなんですけど。。。

「え、自分ここまでできないんすか。」

って結構引いております。

本来は、こんなところで文章垂れ流してる場合ではなく、

早急に勉強しなきゃいけないんですけど。。。

体が動かない。

心も全力で拒否する。

それでも机に無理矢理向かわせてたら無気力になってしまいました。

もう、何もしたくない。

ずっと寝てたい。。。

できれば綺麗なお姉さんに頭撫でられたい。。。

わかってるんです。

今やるべきことは勉強ということくらいは。

でも、全力で拒否反応示されてお手上げです。

疲れた。。。

なんか、ポジティブに締めようとしたけど何も浮かんでこねえ。

つか締まらねえ。

僕の心が今とっ散らかってるから綺麗に終われるわけもねえ。

休みをください。

 

 

 

 

 

明け方のキッチンにて。

youtu.be

 

 

そのすべての夜に意味はある、そう信じてやまないんだよ」

また一歩足を踏み出して  あなたはとても強いから  誰も居ない道を行ける」

 

 

今日の曲はヒトリエの「ポラリス」。

wowokaさん、ヒトリエの音楽が僕は大好きです。

それでは日記に。

 

 

僕はいわゆる、「世間一般」とは外れた変わり者だな。

というのを最近改めて実感している。

特にその感覚を引き起こす引き金があったわけではないのだけれど、

なんとなく、そうなんだなあと。

それが自分なんだと割り切れればいいのだけれど、

そう割り切れず多数派に当てはまらなければいけないと縛り付けているの自分をどうにかしたい。

ただ、多数派のことが好きかと聞かれると声を大にして「ノー」と言いたい。

むしろ大嫌いだ。

ヘラヘラ何も考えず笑ってる奴らとは関わりたくないし、

僕みたいな人間とも関わりたくないだろう。

昨晩の電話で言われた、

「何で嫌いな人になろうとしてるの?」という言葉が妙に今の僕の心に残っている。

それは多分、

多数派の方が強く、少数派は笑われるからだ。

僕は昔からプライドが高く、

笑われるのが本当に嫌だった。

でも、僕は周りと比べると変わり者だったし、ものすごく不器用なので、

「しょうがない、皆が笑ってくれるのならそれでいいか。」

と自分なりに努力して生きてきたつもりだ。

その名残からか、多数派にどこか憧れを抱いていて、

ああいう風に生きられたらどれだけ楽だろうと考えた夜は数知れない。

じゃあ、今の僕は今の僕が嫌いなのかと聞かれると、

最近おかしなことにそうでもないのである。

なんだか、自分で自分が笑えてくるのだ。

コイツは一体何を考えてるんだろう、と。

ネガティブな考えが一周回って、おかしくなってゲラゲラ笑いだすことがある。

だがそれ以上に、

僕のことを好きでいてくれている人間のことが僕は好きなのだろうと思う。

こんなキャラクターを愛してくれる人もいて、

それはとても面白いことだし、なんかぐっとくるものがある。

あと、僕は純粋に僕の未来が楽しみだ。

僕のような人間は、果たしてどんな道を旅しどんな人と出会い、

どんな場所で果てるのだろう。

と。

引きこもって泥のような生活をして思った。

僕は人と接しないとダメなのだ。

死んでしまうのだ、僕という人間が。

それはまだ、早い気がする。

今の僕にできることがある。

未来の僕にできることがある。

だって僕は「世間一般」と外れた変わり者なのだから。

そこに僕の好きな人たちが隣にいてくれたら、

どれだけ面白いだろうと思う。

だから、僕ら果てるのはまだ早い。

あなたが僕の隣で微笑んでくれると、信じてやまないのだ。

 

 

 

 

 

21gのシロップ。

youtu.be

 

 

それで終わりなら良かった。なんてさ  朝が来る度に  素敵な今日は死んだ  なんて言うんだろ?」

変わらない今日を憂う愚かな声  静けさを嫌う慌ただしい命、二つの光」

 

 

今日の曲は古川本舗の「21g」。

美しい。。。

とにかく美しい曲だと僕は思います。

ちびたさんとキクチリョウタさんの歌声が素敵すぎて。。。

ちなみに魂の重さって21gらしいですよ。

それでは日記に。

 

 

暇だー。

いや、やることはあるんですけどもね。

勉強するには、頭が重すぎるので。

いつもこの時間帯は自分の好きな人と電話をしているのですが、

今日はしてないです。

つか、できないんです。

相手が風邪ひいちゃったから。

そりゃあしょうがないですよね。

で、電話をしていないこの時間。

いやあ、なんてモノクロなんだろうと。

寂しいしつまらない。

まるで自分の世界から色が飛んでしまってみたいで。

そう考えると、

その人と接している時間ってとても鮮やかなものなんだなあと。

あなたのことを想い、

「好き」と呟いてもそれが返ってこないってのは寂しいもんですね。

まあなかなか返ってはこないんですが。

僕はその人のことをどうしようもなく恨んでしまう時間があって、

それは多分一回僕の想いを踏みにじられてるからだと思います。

その人はその気がなかったけど、

結果的にそうなってしまった。

と。

僕はかなり根に持つねちっこい人間なので、

未だにそのことは許せていません。

許してしまったら、

あの時の僕の想いを殺してしまう気がして。

その人はよく僕に、

「素敵な出会いがたくさんあるよ」と言います。

「もし私から離れてしまってもずっと応援するから」と。

なぜそれを許せるのか僕はわかりません。

他の人に目が行ってしまうのがたとえ自分の実力不足だとしても、

僕は許せないんです。

だから、僕はそんな人間にはなりたくないし、

僕はずっとその人を好きでいたいと思うんです。

その人がいてくれるから、

今の僕の世界に色がついているんです。

その人が居なくなってしまったら、

僕の世界は白黒の世界になってしまいます。

以前その人に「人の心は変わってしまう」と言われました。

その言葉というのは、

一種の呪いのようなもので。

僕が誰かを愛しても、その心すらいつかは無くなってしまうのか。

だとしたら人を愛することって傷つくだけなんじゃないのかと。

でも今の僕は、

その人を愛することがとても美しいことであると思うし、

自分の一番の幸せだと思うのです。

人の心って変わってしまうからこそ、

変わらないものがより輝いている。

実は明日は会う予定だったのですが、

まああの様子だと忘れているのでしょう。

とにかく早く元気になってほしいものです。

早く耳がくすぐったくなるようなあの声を聞きたいなあ。

という、お話でした。

今日はこの辺で。

ではでは。

 

 

いつか見ていたムービースター。

 

ベロニカと黄色の靴

ベロニカと黄色の靴

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I feel 息を止めて真夜中。願うのは  free!

退屈な日の訳、いつか見ていたムービースター遠く響くは小さなラジオの音。」

 

 

今日の曲は古川本舗の「ベロニカと黄色の靴」。

最近古川本舗という人の音楽にハマってます。

僕は「天才」という表現はありきたりすぎてあまり好きではないのですが、

この人はマジで天才だと思います。

個人的に米津玄師と通ずるところがあると勝手に思ってます。

元々ボカロ出身ですし。。。

でもこの人はもう引退してしまっています。

自分といい、世間といい、なぜこの人の魅力に気づけなかったんだ。。。

それでは日記に。

 

 

なんか、自分のことどうでもいいっすね。

なんて思う毎日を送ってる気がします。

もちろん、楽しい時間はあるんです。

素敵な人と会話する時間はとても幸せなのです。

が、

それ以外の時間って何なのだろう。

って思ってしまいます。

その人と接してる時間以外って、

今の僕にとっては「暇つぶし」以外の何物でもないんですね。

勉強してる時間も、

ゲームしてる時間も、

発声やら演技してる時間も。

さらに言えば家事、ランニング、音楽鑑賞などキリがありませんが。

今の自分にとってそれらは暇つぶしであり、

さらに言えばこの先のこととか割とどうでもいいなあなんて思ってて。

別に死にたいわけではないんです。

むしろ生きていたい。

けど、

その人と接してる時間以外の時間は、

なんというか、

虚無だなあと。

声優という夢を捨てるというよりは、

まあ人の支えになるような仕事がしたいということで諦めたのですが。。。

実際その気持ちはあります。

声優よりも、

人の支えになる仕事はしたい。

でも、なんか。。。

その人がいれば、あとは割とどうでもいい。

状態になってしまっているんですね。

その人が居てくれる離れてしまうは置いといて、

虚しいなと。

自分がこうしたい!こうでありたい!

っていう目標や夢がなく、宙ぶらりんな状態な感じ。

声優になりたい!

って毎日発声や演技の練習してた頃の方が、

輝いていたのかもしれません。

ただ、勉強はぼちぼちやってます。

量も増やす予定です。

なぜって、

いずれ勉強が必要になることはわかりきってるからです。

どうせ、

本格的にこれやりたい!じゃあ今日から勉強だ!

ってなった時じゃ遅いかもしれないですし、

今やっておけば絶対プラスになると確信しているからです。

ん、待てよ。

プラスになることが暇つぶしになっているのか僕は。

自分の認識がぐちゃぐちゃでよくわからない。

この文章は、

これを書こう!

とは全く考えてなく、ただその人がお風呂に入ってて暇なので行き当たりばったりで書いてるだけなのです。

これは、暇つぶし。

暇つぶしは、

無駄、虚無。

勉強は、プラスになるから無駄ではない。

発声は、人に聞き取りやすい声になるので無駄ではない。

ランニングは、痩せて筋肉がつくので無駄ではない。

家事は、親の負担が楽になるので無駄ではない。

音楽鑑賞は、自分の感性を豊かにするので無駄ではない。

ゲームは、少しだけ心が楽になるので無駄ではない。

あれ、僕の一日、

無駄なことなんて何一つないじゃないか!

これは驚きだ。

無駄なようで無駄ではない。

これを書いたおかげで、

このことに気づけたから無駄ではない。

なーんだ、

この人生、無駄なことなんて何一つないじゃないか。

なんて素晴らしいんだ!

こんなに愉快なことはない。

無駄だと思ってたことが無駄ではなかったのだから。

今日はもうゲラゲラ笑っていよう。

こんな日々も、

実は積み重なって僕の糧になっているのだから。

あー、明日からまたぼちぼちやろう。

 

 

くしゃっとなるんだよ、俺の顔。


Lyu:Lyu “ディストーテッド・アガペー”(Official Music Video)

 

 

もう死にたくたって構わないから  そこに座っていなよ 何度でも見つけに来るから」

だからどうにかして生き延びてよ」

 

 

今日の曲はCIVILIANの「ディストーテッド・アガペー」。

それでは日記に。

 

 

明けまして、おめでとうございます。

お久しぶりです。

皆さんは、元気でしたか。

僕は、まあまあです。

ネットの人間関係を断ち、2ヶ月近くですか。

寂しいっちゃ寂しいのですが、楽っちゃ楽ですね。

僕の景色はここ数ヶ月で目まぐるしく変わっていったと思います。

埃かぶってた机には参考書や問題集が置かれ、

いかにも受験生!って感じの雰囲気になりました。

そして、僕の思考、目標、夢も変化していきました。

書いては消して、書いては消して。

例えるのなら、

消しゴムの跡だらけ、落書きもところどころに散りばめられ、

筆跡が薄っすらと残る、皺くちゃなノート。

ただそのノートに書かれた、

乱雑な、けど濃く書かれた言葉たちが、

今の僕を動かしています。

さあ、そのノートに何を書き殴ったのか。

何を消そうとしたのか。

具体的に言うと、

まず、声優になる夢をやめようと思ってます。

諦めるとかではなくて、

他にやりたいことができたからなんです。

不登校支援の仕事です。

それはなぜか。

最近、僕の中にある一つの疑問がむくむくと浮かび上がり、

それはまだ解決できずにいるのです。

 

 

「僕はなんで生まれてきてしまったのだろう」

 

 

もっとひどい言い方をすると、

「なんで僕を生んでしまったの、お父さんお母さん」

という感じです。

生まれてきた意味がわかりません。

こんな辛い思いばかりするなら生んでくれなくてよかった。

そう思うのです。

また、声優という職業。

代わりなんていくらでもいるのではないか。

そう思うのです。

声優志望者何万人でそれで食っていけるのは数百人とか。

そんなの聞き飽きてましたし、

僕はただ演技が好きだから目指そうとしただけでした。

でも、はっきり言って僕が成功しようがしまいが代わりなんていくらでもいるんです。

それに対して僕は「諦め」ではなく、

「これは僕が本当にやりたいことなのか。」と迷うようになりました。

しかし、受験勉強はしておこう。

去年の終わりから、通ってる病院に勉強をしに行くようになりました。

先生やスタッフの方から、

「来ていいよ」と許可をもらえたので。

たまにスタッフが空いてる時間に勉強を教えてくれたり、

あの少し張り詰めた空気が勉強をするのに心地よいのです。

そんなある日、先生やスタッフの背中を見て、

「ぼくもああいう風になりたいなあ」と思うようになったのです。

そんなことを病院に通うたびに思っているのを感じて、

不登校関係の仕事を調べてみよう」ということになったのです。

そこからの決断は自分にしては割と早かった気がします。

もう早速行動に移ってます。

明日、不登校の子を持った経験のある人と話をしに行きます。

不登校支援のボランティアのところに電話をかけ、

アポが取れたので。

動こうと思ったら、それは動くチャンスだと、思うのです。

色んな人から話を聞いて、

僕も話をして、

考えて、悩んで、

子供たちの話し相手になる覚悟を、

決めていこうと思います。

僕みたいな奴が、話し相手にならなきゃダメなんだ。

誰かの為に生きられたら、

生まれてよかったって思えるのでは。

そんな風に思っているのです。

誰かの力になれたら、

くしゃっとなるんだよ、俺の顔。

そんなヒーローに追いつけるように、頑張りたいと思います。

ふう、疲れた。

また気が向いたら書きます。

ではでは。