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それはとても晴れた日で。。。

未来なんていらないと想ってた、うつと戦う17歳男子のブログ。

通院して1年、伝えたいこと。

どうも、こんばんは。

くろです。

11月に入りましたね。

11月といえば、僕が初めて、今の病院、精神科に通い始めた月でもあります。

少し、お話させてください。

長めの記事です。

 

 

 

 

 

僕が精神科に行きたいと親に申し出たのは10月でした。

自分がうつだということ、病院に行きたいということを伝えました。

両親ともとても驚いていました。

当然といえば当然ですね。

まさか自分の子が精神科に通うことになろうとは、思いもしなかったでしょうから。

僕は親に伝える前から、実は精神科について調べていました。

僕の住んでる地域に精神科はあるのか。

学校で検索した記憶があります。

調べた結果、少し気になった精神科がありました。

ただ、なんとなく、なんとなくここがいいかなって思ったんです。

ピアスタッフがいることも、交流会があることも、実は知りませんでした。

その後僕が話をすると、母も精神科に調べて、

精神科に通ってる叔母にも色々と話を聞いて、(実はこの時、初めて叔母が精神科に通ってることを知りました。)

今通っていて、僕が最初なんとなくいいなと感じた、ここの病院に通うことになりました。

初めて通った時の印象は、「割と静か」でした。

イメージ的に、妄想とか幻覚とかで騒ぎ出す人なんかいるのかな、なんて思っていましたから。

あと、先生がすごい優しそうだという印象も受けました。

実際とても優しかったです。

穏やかな表情でゆっくりと、時々ニコっとしながら、

すごい話を聞いてくれて、時には診察時間がとっくに過ぎているのに、

1時間以上話をしてくれたこともありましたから。

今思うと、すごい先生だなあと思います。

僕が腕を切った時も、何度も何度も謝ってくれて、

なんでそんなに申し訳なさそうにしているんだろうと、胸が痛くなったこともあります。

初診で薬を出されたことにも驚きました。

「できる限り薬は出さないようにしたい」とサイトに書いてあったので、

てっきり出ないと思っていたのですが、出されました。

今思えば、あの時期すでにそれほど深刻な状態だったんだなあと思います。

僕は、初診の時こう言いました。

「やる気を出させてください」と。

今思えばおかしな話ですよね。

でもこっちは大真面目です。

うつでツラくてツラくて、勉強なんてする気になれなくて、

勉強できなかったらテストで赤点とって、そこから補習があって皆に笑われて。。。

もう負の連鎖です。

それだけはどうしても避けたかった。

だから、こう発言したんです。

先生、困っていたのを覚えています。

「やる気を出させてください」から「病気を治してください」になるのには、

かなり時間がかかったと思います。

最初は、部活の休部でした。

実はかなり最初の方から、「うつは休まないと治りません、休部してはどうでしょうか。」と何度も言われていました。

でも僕は頑なにそれを拒みました。

だって、皆にどう説明するの?

皆にうつで死にたいから部活休むよなんて、言えるわけがありません。

あの時、僕は皆の目線を気にしすぎて、自分を守ることなんて頭になかった。

先生に無理やり休部させられました。

先生は僕を守りたくて必死だったなんてこと、当時は気づけませんでした。

でも日に日に増えていく課題、小テスト、そして期末テスト。。。

薬の副作用で日中の意識は朦朧と。

日々僕の病状は悪化していきました。

もう地獄です。

そして日に日に考えるようになったのは、腕を切ること、ODのこと、自殺の方法。

授業中朦朧とした意識で何度も考えました。

そしてついに自殺の方法、日にちが決まってしまいました。

よし、この日に死のう。

それが2月のことでした。

自殺するのだから、もう病院に行く必要はないけど、一応親が心配するし行っておくか。

この程度でした。

学校があるから僕は死ぬ。

先生はこの日、診察の時何か感じ取ったのでしょうか。

鮮明に覚えています。

2月26日、先生が診察中いきなり立ち上がり、いつも穏やかな表情の先生がとても深刻な顔をして、

「学校を1ヶ月休ませるように頼んできます。」

驚きでした。

先生がいきなり学校に電話して、「休ませてください」と頼み込んだ時はとても衝撃を受けました。

でも、この先生の決断に、僕は救われた。

ここで先生の決断がなかったら、自殺、もしくは自殺未遂をしていた。

だから、もう感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、9月6日、

先生と、僕の決断で、半年休学することになりました。

 

 

 

 

 

 

今の僕があるのは、先生のおかげ、ピアスタッフのおかげ、交流会で出会った様々な人たちのおかげです。

本当にこの1年間、この病院で色々なことがありました。

嬉しいことも悲しいことも、先生が全部話を聞いてくれた。

不登校になった時は、ピアスタッフの方も話を聞いてくれた。

交流会では、様々な人が僕のことを思って発言してくれた。

最初は、ただなんとなくだったものが、いつの間にか、

とても、とても大切な存在になっていた。

これは運命だったのかな、なんて思います。

出会うべきして出会った人たち。

そして、僕の人生は終わったわけではない。

これから始まるんだ。

その始まりをくれたのは、この病院です。

僕はこの病院に通って、本当によかった。

言葉では伝えきれないけれど、

本当に、ありがとうございます。

これからも、どうかこんな僕を、よろしくお願いします。